コラム


沖縄空手道無想会の会長である、新垣清最高師範の2010年8月のコラムです。
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沖縄空手道

無 想 会


  眼玉が痛い

  
  
  夏休みだというのに「空手の歴史(仮題)」を仕上げようと、シャカリキになっています。
  昨日あたりから、左の眼玉が痛いです。

  以前は本を仕上げようと頑張ると、胸が苦しくなることがありました。
  無神経なわたしでもやはり本の仕上げるにかかると胸が痛くなるのか、「案外、繊細さがあるじゃないか?!」と自分で悦に入っていました。

  しかし何のことは無い、小さなPCをいじるために胸の筋肉が圧迫されて痛くなっていただけでした。

  今回の眼の痛さも「どうせ酒の飲みすぎだろう?!」と思っていましたが、PCを四六時中覗き込んで原稿に向かっているからのようです。
  眼に良いというブルーベリーなどもジュースにして飲んでいるのですが、どうやら焼け石に水のようです。

  以前にも記しましたが、色々と書きたいことは山積みなのに、この原稿が終わらないことには自分の中で気持ちが整理できないので前に進めません。
  でもそれが言い訳や甘えとなって、何にもやっていないという状態になってしまったので、今年は「待った無し!」ということで自分に発破をかけているのです。
  
  しかし、なんせ乏しい才能とそれに加えて意志の弱さ・・・、だから発破も湿ってしまって威勢よくかかってくれません。

  原稿を書くことも、空手の修行も孤独な作業です。

  わたしは本来はミーハー気質で人と酒飲んで馬鹿話をしているのが一番好きなのですが、何の因果か空手の修行にしても本の原稿書きにしても、孤独を要求する作業なのです。
  そして頑張っても、結果が出るという保障がまるで無いというところも似ています。さらに結果がどうであれ、為さなければ自分が納得しないという点でも同じです。

  そしてどんなに気力で一気呵成にやってしまおうと決心しても、一つ一つの動作をこなしていく、あるいは一字一字で原稿を埋めていく以外に方法はありません。

  肉体は勿論のこと、精神の持久力の勝負になります。ミーハーな、わたしのような人間には一番不向きなことなのです。

  だから、もうイヤ!
 
  ですからコーヒーを飲みながら、お茶を入れながら、クッキー食べながら、キャンデイー舐めながら、テレビ見ながら、雑誌を読みながら、飯食いながら、自分をダマシ、ダマシしながら原稿を埋めて行きます。その間、ズッーとPCを覗き込んでいます。

  ブルーベリー摂取と同時に、遠くの木々を見ると眼が休まる。睡眠を十分にとることなどにも気をつけているのですが、やっぱり最終的にはこの原稿を終わってしまうことしか究極的な解決策にはなりません。

  8月下旬に道場で昇級審査があり、9月下旬には札幌同好会の二人が講習にやってくるので、その前後には一応のカタチにはしておきたいのですが、どうなりますか?!


  2010年8月1日


無想会札幌同好会




  無想会の、札幌同好会のホームペイジができました。
  本HPの「リンク」から御覧いただけますが、本コラムに載せます。       
      http://musokaisapporo.web.fc2.com/index.html
  まだまだ出来たてホヤホヤですが、除々にコンテンツを充実させていくと思いますので、ご声援をお願いします。

  ここしばらく原稿書きに集中していたので、体重が増えて困っています。書くと、食べるのです。
  わたしの場合には脳を活性化させる時には、それとバランスをとるために副交感神経の集まりである、腹の周りを大きくすると効率が良いようです(凄い言い訳!)。
  そのために書いている間は、手当たり次第に手に入るものを口に運んでいます。さらに書くことに時間を割くために、自分の練習の時間が割かれてしまいす。

  この1週間ほど、1日1時間ほどの自己練習しかやっていせん。それでいて食べる量は通常の2,3倍ほど・・・。グングンと、育ち盛りの子供のように体重が増えていっています。

  わたしは極端に走る気質なので、「このまま何処まで体重を増やせる、やってみよう」などとアブナイ気持ちもありますが、やはり歳のことを考えて今週あたりから食事を控えようと思っています。

  原稿の方は、体重が増えるほどには上手くいきません。毎晩毎晩、「嗚呼、日暮れて道遠し」とため息をつきながら寝床に入ります。
  ここまで来ると書く内容などに大きな変更は無いのですが、なんせ量が多くて自分の手に余ってしまいます。さらにズーッと前から書き続けているので、初期の頃と現在の主題の部分の辻褄が合わなくなっていたり、新しい資料が出てきて前に書いた部分の変更をしなければならなくなった。と手間隙だけかかって刻々と進まないという状態に陥っています。まあどうにかなるのでしょう!

  沖縄で生まれ育ったわたしは、暑いと元気が沸いてきますので、いまの夏の暑いうちにこの原稿を終われる目処が立つところまで行きたいと思っています。
  ともかく書くのみです。


  2010年8月8日




新学期はもうすぐ


  夏休みが終わりに近づくにしたがって、生徒が除々に道場に戻ってきています。
  この夏休みが終わると、アメリカでは新学期の始まりです。今年は道場も少し広報活動を活発にして児童部、少年・少女部を大きくするために頑張っていこうと思っています。

  昨日、カナダの主催者からメールが来て、この11月のユタ州本部道場で行なわれるワークショップに参加できません。と言ってきました。「アッー、ショック。ダメか」と思ってメールを読み進めていくと、「来年の1月か2月に7,8名ほどで、5日から1週間ほどユタに滞在して特訓を受けたいけど宜しいでしょうか?」 との内容でした。

  これには、嬉しかったです。
  
  セミナーやワークショップは、わたしのようなチャランポランな人間でも愚直に徹して、参加者全員が各自の実力に合わせた技術を習得して、帰ることが出来るようにすると言うことが、お金をかけて、時間を割いてわたしの講習会に参加してくれる方々に対するわたしの義務だと思っています。
  元来がチャランポランであるが故に、この点では譲らないようにしなければ、人間失格とまでは言いませんが、指導者としてはダメだとの覚悟はあります。

  さらに当たり前のことではありますが、本部道場以外の彼の地で講習をする場合には、今の段階では私の理論を説明できるのは、わたし以外はいないので、現場の人間として汗をかき、かつ身体を酷使するつもでいます。  
  でもそのような講習会は、単に演武を見せるというよりは、沖縄空手(首里手)の心身思想・技術を説明し、実際やって見せて、かつ相手に使っているところを見せて、その後に受講者が出来るようになるまで徹底的に行います。
  ですから受講者にも体力、気力が要求されます。でも限られた短時間で、沖縄空手(首里手)の心身思想・操作を理解していただくには、才能の乏しいわたしにはそれ以外の方法が見当たらないのです。

  このように自分の思い込みだけで、ハードになってしまっている面もある講習会に参加してくれる受講者には、感謝の気持ちで一杯ですが、一抹の不安もあります。
  それは心身にハードな事柄に金を払って、時間を割いて来てくれる人間が一体何人いるのか? あるいは受講した後の疲労感に堪えて、また受講したいと思える人間が何人いるのか? という現実的な危惧です。

  でも幸いなことに、自分の不安とは裏腹に、除々にセミナーの成果が上がってくると同時に、リピーターが増えていっています。さらに初級のレベルから、次の段階へ移行している受講者もいます。

  ありがたいことだと、思っています。

  もうこうなったら開き直って、「新垣のセミナー、ワークショップは、実はそれに名を借りた特訓である」と言うことで、やって行こうとも思っています。こう言う風に、すぐ安直に開き直るのがわたしのチャランポランさだと思います。

  さて夏が終わると、札幌同好会の二人がやってきます。
  彼らの修行の成果を見てまず復習し、かつ日本へ帰った後で自らの課題に出来るような流れに出来たら良いなと思っています。
  本部には、一応はわたしの理論を理解して身体操作で見せて指導できる人間もいます。だから、マンツーマン以上のことが出来ます。

  カナダの連中もそれを一番期待していると思いますので、来年に向かって自分の生徒ももっと鍛え上げていかなければと思っています。

  アッ! それから以前から記していた原稿書きの件ですが、「全然進んでいません」と、すぐ開き直り!


  2010年8月14日
  
  


  


原始的体質


  今朝は土曜日ですが、朝9時近くまで寝てしまいました。
  わたしは余程のことが無い限り、目覚まし時計を掛けないので、自然に眼が覚めた時に起きるのですが、通常は7時前には起きるので自分でもチョッと驚きました。

  さらに原稿書きに疲れたので、午後3時ごろ「チョッと、ソファーで昼寝しよ」と思って少し横になったら、なんと7時まで熟睡してしまいました。

  通常は自己練習を厳しくやった後に、必ずと言ってよいほど飯を喰っている時、原稿書きの時などに、突然に猛烈な睡魔が襲ってくます。その時は自宅ではソファーに横になったり、道場のオフィスでは椅子の上でもう一つの椅子に脚を投げ出して眼を閉じた瞬間に、意識を失うようなカタチで寝てしまいます。

  でも20分すると、チャンと眼が覚めるのが不思議です。これはもう、時計で測ったように常時20分です。まあ、プラス・マイナス数分ですが・・・。
  ですから今日4時間も昼寝したのが、自分でも驚きでした。

  ここしばらく原稿書きで忙しく、自己練習は1日1時間でしかありません。身体を酷使しているはずはないのですが、不思議です。
  
  話しは飛びますが、若いころに夏に車を運転する時に、他の白人のアメリカ人が良くやるように、目を守るためにサングラスを掛けようと頑張っていました。
  当時は、レイバンの格好良いサングラスが流行でした。
  まあ故郷の烈しい沖縄の太陽の光りで慣れていますし、黄色人種で目玉の黒いわたしのような人間は、サングラスなどは余り必要ないのですが、伊達メガネの一つですね。

  でも、その夏に車を運転するとすぐ眠くなってしまいました。コーヒーを飲んでカフィンを取ろうが、助手席の人間と会話して眠気を取ろうとしようが、前方を見るとすぐ眠くなるのです。

  なぜか? と考えました。

  するとなんと恥ずかしいことですが、わたしは眼の前が薄暗くなると単純に眠くなるのです。
  なんか、子供みたい。あるいは、冬眠前のクマみたいで、我ながら呆れてしまいました。
  朝目覚まし時計無しで起きるのも、寝室が東向きなので朝日が入れば自然に起きてしまうからです。

  ですから今日の寝過ごし、長時間の昼寝も何か単純な理由があります。
  よくよく考えてみると、自己練習の時間が余り取れず、原稿書きでバカスカ・バカスカ手に入るものを口に入れて体重が増えていきます。それを防ぐために、食事制限をしていたのです。だから身体がふて腐れてしまって、「喰えないなら、寝るわ!」という方向に行ってしまったようです。

  このような原始的ともいえる身体の反応に、「これでは洞窟に住んでいたと言われる、クロマニオン人と同じレベルじゃないか」と、我が身ながら情けなくなりました。いや、それじゃクロマニオン人に失礼でもありますね。

  旧人と言われるクロマニオン人は、現代人の祖先であるネアンデルタール人に滅ぼされたというのが定説になっていますが、近年(それもつい先日です)ではDNAの鑑定などで混血があったとされています。

  わたしはどうやら、そのクロマニオン人のDNAの残滓が、他の現代人より多く残っているようです。

  でも、この新説を一ヶ月ほど前に知った時は、「歴史を知るということは、素晴らしいなぁ(この件では考古学や遺伝子学ですが)」と単純に感動してしまいました。この単純さも、クロマニオン人的ですが・・・。 

  さらに「歴史は、刻々と変わっていくものであるなぁ」、という実感もいだきました。

  「歴史を書く」ということは、「今を書く」ことなのです。

  拙い筆ですが「空手の歴史」を書くことで、「今の空手」を、そして空手の「未来への可能性」を書けていければと思っています。


  2010年8月21日







昇級審査


  木曜日と金曜日に、児童部と成人部の昇級審査が行なわれました。
  おかげさまで全員怪我も無く、無事終了しました。

  今回特筆すべきことは、BYU大学の無想会空手クラブから、始めて5名の白帯が色帯へ昇級するための審査を受けました。
  クラブの指導員をやっているホアン初段が、文字通りゼロから始めてここまで立派に育て上げた生徒たちです。

  本部の生徒もクラブの生徒に負けまいとして、日ごろの成果を発揮するために一層頑張ったので、大分熱気のある審査になりました。

  基礎体力や組手などの面では皆どうにか頑張っていましたが、肝心の形ではまだまだダメです。これは本部、クラブの生徒全員です。
  中級者のやる太極や平安などは、動作が多いのでどうにかやりこなしていますが、基本であるナイファンチが全滅でした。
  これは日ごろはわたしは茶色帯、黒帯のナイファンチを徹底的に指導するので、初心者が一人一人緊張する場面でナイファンチを見る機会が無いからかもしれません。

  でも正直に記すると、ここ1、2年は「自分はナイファンチを理解するのに、30年もかかってしまった」。
  そのために「自分の生徒には、十年で理解できるようにするシステムを構築する」。
  そして彼らが指導する立場になった場合には、「3年ほどで、ナイファンチを自分のものに出来るシステムを作り上げる」という意気込みでやってきました。
  
  そして、「ある程度、それが出来てきているのではないか?」という自賛もあったのです。

  しかしこの審査で分かったことは、やはり年数を経たないと形を使えるまでにはなれないということです。わたしの自画自賛は、当然のごとく自惚れにしか過ぎなかったのです。

  さらにわたしが自分で難儀をしながらナイファンチを教えていた時は、生徒に教える時は、それこそ朝令慕改の典型のようなものでした。自分自身が思い悩み、多くの疑問に答えていく中で、一つ答えを見つけ出す度に、さらに疑問が湧いてくるという状態でした。
 
  それこそ、恐怖の「堂々巡り」です。出口が見えないのが、非常に不安でした。
  
  しかしながら指導体系としては未熟でも、ついてきた生徒はわたしの思考方法や結論が自分のことのように理解できたと思います。

  すなわち、「なぜ?」こうなるのか。「なぜ?」こう為らなければ為らないのか。という疑問の答えをわたしが夢中で模索している時に、生徒たちともその模索を共有していたのです。ですから手の置き方、足の上げ方、顔の向き方などの一挙一動に、すべて明確な意味と方法論があったのです。

  でも今回の審査を行なった理解できたのは、審査を受けた生徒は形の順番を覚えているに過ぎないということです。

  この弊害を克服するには、まずセミナーやワークショップでマンツーマンに近い形で一日6-8時間ほど空手漬けにして、動きを覚えさせる。これは従来からやっていましたし、この9月末の「日本人特別講習」や、11月初旬の「ワークショップ」でも行なう予定です。

  さらにわたしの本のすべてを、なるべく早く英訳して生徒の思考の足しにする以外に無いとおもっています。
  なぜなら先日のカナダ・セミナーに参加した札幌同好会の大山副代表が、短期間であそこまで上達していたのは小平代表との懸命の練習と同時に、日本語で書かれたわたしの本を繰り返し読むことが可能なために、理解度が深まったという面があるからだと思うのです。

  個人では、出来ることは限りがあります。
  でも今回のホアン指導員が示したくれたように、そろそろクラブや支部を任せられる人間も育ってきてはいます。9月に来る予定の、札幌の生徒たちもその一員です。

  わたしも生徒たちの努力に答えるように、役割分担をはっきりさせながら効率良く、かつ現場の人間として泥臭く進んで行く心算です。


  2010年8月29日