コラム


沖縄空手道無想会の会長である、新垣清最高師範の2010年6月のコラムです。
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沖縄空手道

無 想 会


月刊「空手道」特集と英語版のこと


  わたくしが月刊「空手道」の7月号の表紙になっているということは、5月のコラムで述べました。
    でも内容まではアメリカにいる自分には知る由がなかったのですが、札幌同好会副会長の大山氏がわざわざスキャンしてメールで送ってくれました。ご足労感謝します。

  さて内容を見て、ビックリ! 

  ここまでチャンとしたカタチで、17、8ページにわたって特集が組まれると思っていませんでした。
  雑誌が発売になる前には、一応編集部からは原稿が上がってきてチャックはします。その時には写真も同時に添付されてくるのですが、怠け者の自分は面倒くさいので写真のチェックはパス! 
  わたしの方の言い分は、優秀な編集長の水口さん(そう、あの鬼の人です)ならば、わたしなどがシャシャリ出なくともチャンとやってくれるはず。いや、わたしなどが出ない方がもっとチャンとする。ということです。

  でも本当の理由は、わたしは自分の顔の不味さに嫌気が差すのと同時に、自分の技術の下手糞さが写真にモロに出るために、それを見て憂鬱になってしまうからです。    
  顔の不味さの責任は親のせいにも出来ますが(誰だ? 男は40歳過ぎたら自分の顔に責任を持ってなどという理不尽なことを言ったのは?)、空手の技術の下手糞さはすべて自分の責任になります。

  わたしには、理想とする空手の技術というものがあります。それに少しでも近づくようにと練習している心算ですが、写真に写る自分の姿を見てみるとマルでダメ。
  すると心の中のもう一人の自分が、「あれだけ練習して、お前はこの程度か?」「ホラ見ろ! チンタラ、チンタラやってるからだ」、あるいは「才能の無いお前には無理、ムリ」などとつぶやくのです。
 
  それがイヤ!

  なぜなら自分がダメなのは自分が一番良く分かっているから、心の中のもう一人の自分に反論できないのです。

  ですから、今回も大山氏が送ってくれたメールに添付されたページを開くのが苦痛でした。でも開いてみて、「ホッ!」と一安心。当然のごとく動きは全然ダメだけど、一応誌上においては致命的な間違いは冒してはいません。
  これは千枚近くも自分の写真を撮られた水口さん(そう、再びあの鬼の人です)が、丁寧にもすべての写真の中から最良のものを選んで、やっとこさ特集を組んでいただいたお陰です。

  感謝します。

  特集は当HPでも提示しましたが、コピー・ライトなどの兼ね合いもあり一部のみです。もし興味がお有りでしたら、購読されてください(オネガイします)。


  さて、話しは変わって英語版のことを記します。

  当HPは英語と日本語版があり、基本的には同時進行で行なわれています。
  でもコラムは日本語版がここ数ヶ月異常なほどに進んで、英語版が1、2ヶ月遅れています。

  じつは4月に日本に帰国した時に、「コラムが、4月になっても『新年おめでとうございます』は、無いだろう」と、親しくしている方から言われてしまったのです。
  日本語のコラムならどうにかなるのですが、それを英語に訳するのが苦痛で苦痛でたまらず、そのために日本語のコラムも書かずにおいたのです。それを鋭く指摘されてしまい、さらに「英語は一先ず置いておいて、日本語のコラムだけでも常時更新しなさい」と言われてしまいました。
  そのために日本から帰ってきた頃から、シャカリキに(日本語の)コラムを更新しています。

  すると当然ですがアメリカ人の生徒にも、また英語版で興味を持っていて下さる方々にも悪いとは思いますが、英語のコラム欄がどんどん遅れていってしまいます。
  チョッと良心の呵責(?)に悩んでいた時にある生徒から、「師範の日本語のコラムを、GOOGLEで英訳して読んでます」と言われ、「ワッ!」となってしまいました。

  今回「沖縄武道空手の極意・その四」が発売になれば、四冊目の日本語の技術書になりますが、アメリカの生徒には拙著の英語版の一冊しか読むことが出来ません。
  そのために、彼らは必死でわたしの伝えんとすることを理解しようとしています。
  
  日本からお金も時間も掛けてわざわざ学びに来てくれる生徒の大変さを、わたしは理解しているつもりです。でも読めない日本語の技術書を前にして、どうにかして真意を掴もうとするアメリカの生徒のことも考えてあげないと、片手落ちだなと認識させられました。

  まだ解決策はありませんが、常に意識していこうと思っています。




  2010年6月5日

原稿書きと練習


  アメリカの学校は、すでに夏休みが始まっています。
  この2週間ほどは生徒の出席率がガックとおちますが、例年のことですので慣れっこになっています。
  毎日行くジムでも使用者が激減して閑散としていますが、器具がすぐ使えるので便利です。

  わたしの方は7月初旬に行なわれるカナダでのセミナーの準備があり、それと「空手の歴史(仮題)」の仕上げに取り掛かっています。  
  延々と書いてきたものですので、初期の頃の史料・資料を整理していませんでした。
  そのために引用した文章が、一体どこから出典したのか分からなくなってしまったのが多々あります。それと史料・資料を提供してくださった方々、証言を下さった方々の名前を明記する際の許可を得るなどを今やっています。

  自分の不手際から、作業が山積みになってしまったのです。

  出版社もまだ決まって居らず、もし原稿が完成しても出版できるかどうかはまだまだ疑問です。でもこれを仕上げないと他の仕事が手につかない状態ですので、道場が暇な時に一気呵成にやってしまう心算です。それと平行して、「沖縄武道空手の極意・その五」もチョボチョボと記しています。
  最終的には平安の形から始めて、古伝の首里手の形のすべてを解明する本を順次記していく予定です。でも途中で気力・体力、そして経済力を使い果たしてしまうかもしれません。「神のみぞ知る」なのでしょう。

  原稿書きの時に、わたしの場合に問題になるのは自分の練習時間との兼ね合いです。
  朝起きてすぐコンピューターに向かって書き始めるのは良いのですが、原稿書きに夢中になっていると(そんな時は稀ですが・・)、途中で止めてジムに行くのがもったいないと思うのです。空手は理論がどんなに理解できていようとも、具現化できなければ意味がありません。その具現化を為しえるのは、自分の身体のみです。

  練習は離日でやった方が効率が良い。ローテイションを組んでやったほうが効率が良い、などという理論の素晴らしさは承知していますが、あまり難しく考えずに現在のところ一日3、4時間、週七回というのが自己練習の目安です。 
  緻密なスケジュールを組んでやると怠け者の自分には心理的ストレスが大きいので、ともかく毎日やって出来ない日はパスという方法でやっています。

  キツイのは練習自体よりは、練習時間を作ることです。
 
  人間もこの歳になると、残された時間との闘いです。時々は都合で練習が出来ない日もありますが、その時は時間が余って余ってナンか凄い贅沢をしている気持ちになります。それとは逆に、朝ジムに入って昼過ぎになって出てくる時など、一体オレは人生を無駄にしているじゃないかという虚しさに襲われることも多々あります。

  まあ傍から見れば惰性で練習をしているようなものでしょうけど、惰性だけで終わらないように自分なりに色々と工夫もしています。
  ここしばらくはジムでの練習を止めて、道場で一人で一日棒の形を60回やっていました。
  これは一応は自分なりに棒の形の構成や様式などが理解できたので(ここまでは形を学ぶ段階です)、形を使える段階に移行しようとして決めたものです。
  尊敬する先輩から「棒の(一つの)形を30回全力でやってみろ。疲労困憊してくる25回目あたりから見えてくるものがある」と言われたのを期に、始めました。

  わたしは馬鹿がつくほど単純ですから、「30回よりは、2倍の60回やればもっと見えてくだろう」と思って一日60回やると決めました。まあ、毎日自己トレーニングしてるし大丈夫だろうという軽い気持ちです。

  それが、さあ、もう大変。
  延々3時間前後も、棒を振らなければならない羽目になりました。

  形は一つのみ。それを全力・全速で棒を振ると、最初は50秒くらいだったのが30秒ほどまで短縮できるようになります。でも全速・全力でやると、一回やるごとに4,5分ほど休息を入れないと無理。その時間は息を整えながら、今やった形のミスした部分をゆっくりと修正します。そのために棒も極重いもの、中程度の重さ、極軽いものなど都合3,4種類を使い分けて振ります。

  怠け者の自分の心身は、25回過ぎた辺りで何かが見えてくるどころか、片膝立ちになる部分では疲労が激しいので身体がやるのを拒否するようになります。さらに、スピードが鈍ります。またはスピードを増す、あるいは維持しようとすると身体が居着きます。さらに厄介なことに速く早く動けば動くほど、脳がすばやく動作のミスを認知するようになります。だから、やればやるほどミスが増す・・・。恐怖の堂々巡り!

  一回終わるごとに「アキサミヨー、イーチフチュサー(あらまあ、息が切れるよ!)」と、思わず沖縄語でつぶやく始末。

  土日も含めて2ヶ月弱毎日やって、60回チャンと出来たのはたったの2日だけ・・・。この間、極軽い棒が一本折れました。

  ここまでやった挙句、生徒に教える時は心身ともに「ニリハテイテ(呆れ果て)」、自分が棒を触るのはイヤ。指導の際は、ただ突っ立てカウントするのみ。生徒には5回ほど全速・全力で形をさせて、自分と同じような思いを味あわせていますが、それは自分の棒に対する復讐(復習ではありません)の気持ちがあるからかもしれません。




  2010年6月12日
  


刻々として進まず


  「空手の歴史(仮題)」の原稿書きが、進みません。
  もう書き始めてからズーッとになるので、大分分量はあるのです。
  今年になって、その分量を整理して本として発刊できるように仕上げるだけだと思って、作業を進めてきました。
  しかし整理してみると調べつくしてなかった部分、考慮が足りか無かった部分、史料・資料が整理されていなかった部分などがゾロゾロ出てきています。
  ひどい時には、2行進むのに3日かかります。そして掛かった部分も、あまり明確ではありません。

  来月にはカナダのセミナーが控えているので、今月中に仕上げようと思っていたのですが、この分では今年中に仕上がるかどうかも疑問視されます。
  自分としては、この原稿を仕上げなければ、そのことがいつも頭の隅にこびり付いていて、他の仕事に没頭できないので、なるべく早く仕上げたいのです。
  でも気持ちだけが焦ってばっかりで、足踏み状態です。「助ケテー!」と叫びたいのですが、こればっかりは自分の力を頼る以外に方法はありません。

  これは空手の指導でも同じことで、今のところ上級者には古武道の棒の形を一つと、素手の空手では「ナイファンチ」から始まって「ローハイ」の段階までを教授しています。
  これは形の習得から使える段階まで、すなわち心身操作の一つ一つを「何を、何のために、どのようにして」という形がもつ課題のすべてを、無想会空手として体系立てて教授する方法を確立した心算です。ここまでくるのに、15年ほど掛かっています。
  でも、他の古伝の形は手づかずのままです。早く教えてあげたいのですが、生徒には生徒の進歩の度合いがあります。彼らの理解度と習得度を考慮すると、今が一杯一杯です。

  本にしても「沖縄武道空手の極意・その五」の構想はすでに2,3年前には出来ており、後は書くだけですがこれもまだまだです。さらに構想はあっても書き始めた段階で、内容が不十分であった。あるいは間違っていたなどということが度々起こりますので、書き終わるまでどうなるのか皆目わかりません。

  道場の運営、指導、原稿執筆など生徒にデリゲイト(役割分担)してしまって進めていけばもっと効率が良いのですが、今のところわたしの考えが体系化出来ていないために、文章で興すことが出来ずに混沌としたままで進んでいます。
  すべてが自分の小さな脳みその中に雑然とあるだけで、具現化できていません。

  気ばかり急いて仕事がはかどらない時は、自棄酒をたらふく飲んで寝てしまうのが一番ですが、そうすると翌日の仕事が進まないので、それも出来ません。八方ふさがりの状態です。

  この状態に風穴を開けるには、やはり「空手の歴史(仮題)」を仕上げる以外にないのです。もう書き始めてからズーッとなるので、・・・・(以下、上二行目へ続く)。

  嗚呼、ともかく頑張ります。


  2010年6月19日
  



  羅針盤

  
  ふたたび「空手の歴史(仮題)」の話題です。
  お陰様で、一番重要で一番厄介だった章がどうにか終われそうです。
  
  怠け者のわたしでも、再三(だけでは無いですが)くじけそうなりながらも一歩後退二歩前進しつつ、時には一歩前進二歩後退を繰り返して、原稿を書き通けていたのがよかったのかしれません。

  でもこれはたったの一章だけのことですし、それも章を地図に例えるならばその全容が見えてきたというのでは無く、北かどこかを示してくれる羅針盤が手に入ったというだけのことです。

  でも他の方々は知りませんが、わたしが原稿を書くときは明確な構成などは考えずに、終わりの部分さえ自分の中で見えていた場合にはどうにか書いていくことが出来ます。
  これは空手の技術書などだけでは無く、小説を書くときも同じです。

  ちょっとカッコ良く記せばわたしにとって原稿を書くということは、羅針盤を片手に地図にも載っていない土地に冒険に出かけるということなのでしょう。
  
  例えば同じ冒険家でもチャンとした地図を持って「目的」の地へ向かう人間と、「目的」の地が何処であるのかも知れず、かつ地図も無い完全に未開の場所へと乗り出すタイプがあると思います。

  わたしの場合は原稿を書くときは、完全に後者ですと言いたいのですが、やはり地図は無くとも何処へ向かっているかの見当くらいはつけたいので、羅針盤が必要不可欠になります。
  今回の原稿書きで難儀をしていたのは、この羅針盤を手放してしまった、あるいは羅針盤が手に入らなかったことに原因があるのです。でもどうにか、手元に羅針盤を取り戻すことができました。後は北がどこにあるのかを明確にして、自分の現在地を確認しつつ進んでいく所存です。

  さて現代の空手においての形の存在は、その修行の「目的」が何処にあるのかハッキリしないまま、羅針盤も手渡されずに未開の地に放り出されてしまったような状態にあるのではないかと思っています。

  一体何の為に、何を目標として空手の形の存在があるのか? 一体この動作は何を表しているのか? そしてブッチャケテ言ってしまえば強くなるために形は必要なのか? という空手の根源を為す質問にさえ答えることが出来ないために形無用論などが興っているのです。

  わたしは「無想会とは」に記したように、空手を自分なりに一所懸命やってきた挙句、これらの疑問が次々と湧いてきて修行をやり直した人間です。
  そして幸いなことにナイファンチという羅針盤を手に入れることが出来、平安やその他の首里手の形という地図をも読み解くことが可能になりました。
  これらの修行中は、色々とありました。
  その中で一番幸運なことは、若い時分の沖縄での修行中に「首里の手こそが、沖縄の手だ」と耳にタコが出来るほど聞かされ、「ナイファンチが全てである」とこれも数限りないほど言われたことだと思っています。

  ならばナイファンの全てを解き明かすことさえ出来れば、自分のように武才に乏しい人間でも空手を理解し、習得できるのだという淡い望みを持つことが出来たからです。

  そしてさらに幸いなことにナイファンチに関しては、先達である本部朝基という偉大な人物が存在しており書物をも残しています(それも、写真付でです)。
  さらに他の形に関しても、船越義珍という「日本空手の父」としても良いほどの偉業を成し遂げた人物が書物を残しているのです(それも、再び写真付でです)。
  今振り返ってみるにも、「何たる幸運であろうか」と思っています。

  ナイファンチという羅針盤と、本部朝基と船越義珍という偉大な地図さえ手に入れてしまえば、後は遮二無二に荒野を進んでいけば良いだけの話しです。それならば、わたしのような人間にも可能だったのです。

  その荒野を彷徨した結果の一部が、今夏刊行予定の拙著「沖縄武道空手の極意・その四」です。
  その中で空手のエネルギーの創出方法や立ち方などを全て検証して、記していきました。
  空手の突きは「腰を回さず」、かつ「腰を振りません」。さらに「下肢(腰を含む)」と「上肢」は、まったく別々の動きをします。
  さらに首里手には現在思われているような「猫足立ち」や「後屈立ち」、かつ「前屈立ち」も存在しません。

  だからこそ、「神速」と首里手の事実上の創始者である松村宗昆が言ったことが可能になるのです。



  2010年6月27日