コラム


沖縄空手道無想会の会長である、新垣清最高師範の2010年5月のコラムです。
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沖縄空手道

無 想 会


昇級審査

  今週の木曜、金曜日に少年部と成人部の昇級審査を行いました。
  結果は上々でした。

  わたしは自分には甘いくせに生徒には厳しいという駄目な指導者の典型で、常々自分の指導力、教授力の無さを棚に上げて、審査を受ける生徒の実力に不満を持っていました。
  じつは皆さんもお分かりのように、これは生徒の所為などではなく、教える方のわたしの責任なのですが・・・。
  
  また少年部の結果が満足のいくものであったら、成人部が駄目だった。あるいは、その逆などの場面が多々ありました。
  しかし、今回は両日とも「成果が出てきたな!」という感触を強くしました。

  形にしても基本にしても、自分が理想としていた空手に少しは近づいている兆しが見えてきたのです。

  七年ほど前から武術としての空手の伝授方法を模索しており、試行錯誤の連続でした。無想会では、以前の基本からすべて変えました。技の一つ一つを何のためにこの技を行なうかを吟味し、かつどうのように行なうかを徹底して指導しました。

  まあご存知のようにすべてナイファンチの理念を、基本から徹底的に利用して、心身ともに理解させるというのが教授理念です。

  この一、二年で一応の成果を上げてきている兆候はあったのですが、今回ではその思いが一層強まりました。ここ七年ほどの間、毎回毎回教えるたびに朝令暮改の典型なような指導について来てくれた生徒に感謝しています。

  ただ組手に関しては級レベルのこともあり、顔面あり、無しの区別がまだまだ出来ていないという感想をもちました。
  顔面無しの直接打撃、いわゆるフルコンは安全ですが、間合いの取り方やリズムなどに実践的には無理があります。まずあのような戦い方だけを学んでしまうと、実践を想定した場合に立ち方自体に問題が出てくるのです。ただ体力をつける、そして精神力をつけるには比較的安全で非常に有効です。
  そのために、昇級審査ではフルコンをおこなっています。
  
  しかし指導者のわたしとしては、そのフルコンでも常に顔面ありを意識したフルコンであって欲しいのです。一応組手の相手をしている黒帯レベルの連中はそれが出来ているのが見えますが、色帯の段階では闘うだけで精一杯でした。その部分を、どうにかして日々の練習で変えて行かなければならないと思い知らされました。

  わたしにとって昇段、昇級審査というのは、生徒の実力を審査するという以上に指導者である自分の実力を面前に突きつけられるという、あまり歓迎したくない現実があるのです。ただ、今回は生徒の努力もあって少しは「ホッ!」とすることができました。  

  これを励みに今後とも気を抜かずに、指導方法を吟味していこうと思っています。


  2010年5月1日


古武道 その3


  無想会で沖縄古武道の棒を、指導を始めていると前記しました。

  その指導のためにも、自分がシャカリキで棒を練習しないといけません。
  怠け者のわたしでも、やっぱり頑張るときは頑張らないといけませんので、今は一日中、「棒づけ」の生活です。

  この棒の形もじつは以前学んだものに数々の疑問があり、この数年の間は自分でも納得いかない部分を保留しながら自分だけで練習していましたが、ナイファンチの形をある程度習得したことで、形全体が明確に見えることになり疑問が氷解しまた。

  少なくとも琉球王国の士族の武術であった首里の手ならば、素手の形であろうが古武道の形であろうが、共通する基本事項があります。それは形の構成、機能、様式などの全てに言えます。
  そして大言壮語させてもらえば、わたしはナイファンチによって首里手の形の基本事項を少しながらは理解したのではないかな? と思っています(まぁこのように記すと良識のある人間は笑うでしょうし、書いているわたし自身も笑っているのですが)。

  なぜならわたしは当時の沖縄でも稀に幼少の頃から空手を志したために、一、二段階(約十ー二十年)上の世代に口碑として伝わっていた「首里は***から」「首里手は***だ」という、身体操作における首里手を統括する言葉を幸いなことに幼いながら伝授されていたからです(当時は、全然その意味が分かってなかったのですが)。

  さらにこれは当時の沖縄で教育を受けた(すなわち西洋身体文化の影響を受けた)人間たちだけでは無く、武術としての空手に固守した人間たちのリアル・タイムの言葉として聞いています(詳しくは「無想会とは」を参照してください)。

  彼らから伝授された技術や言葉を繰り返し吟味し、人間が伝承する過程、他人に教授する際に一番効率の良い体系とは一体どういうものか? ということを理解した場合に自ずから人類共通な理論が導きだされます。それにそってナイファンチの心身理論・操作で素手の形を徹底的に鍛錬して検証してみると、形の全貌がハッキリと見えてくるのです。しかしその際に重要なのは、東洋心身文化とは何か?ということを理解しておかなければ、現在のスポーツ化した空手の形と同じ轍を踏むことになりますので注意しなければなりません。

  さて、古武道の形もナイファンチとまったく同じでなければなりません。人が最高の心身思想を、効率よく伝えようとするならば、自ずから体系立った方法で次の世代に伝授するはずです。その伝授方法の基本さえ押さえておけば、自然にすべてが理解できてきます。

  ただ明治以後の日本は、近代化という名目でその伝授方法の基本を完全に喪失してしまいました。だから現代行なわれている空手の形は、使えないのです。これは身体操作などという一つの分野だけでは無く、形における業・技の部分でも同じです。これは自分がナイファンチを、トコトンやり込んだから分かったことです。現在行なわれているナイファンチのみならず、他の平安、五十四歩などの首里手系統の形すべてに関して同じことが言えると思います。

  沖縄空手道「無想会」という組織に所属し、かつ自分について来てくれる生徒に対して、こう言うことは非常に失礼であるのは重々承知しています。
  しかしわたし個人にとって重要なのは、無想会空手云々というよりは琉球王国の士族の武術であった首里手というものが、人類の歴史上において価値のあるものであったのか? あるいは無かったのか? という事だということです。

  すなわち首里の武士たちが行なっていた身体思想・操作が、世界的規模において価値あるものであったのか? それとも琉球王国の士族階級の人間たちは大いなる思い違いをして、本当は無駄、無理な身体思想・操作であったのか? ということだけなのです。
  その思いに固辞して、まだまだ修行することは自分自身が常に変化することでもあります。それは指導者としてのわたしに付き従ってくれる生徒には一面では迷惑千万であり、沖縄人としてのわたし個人の矜持の問題でしかないのですが、それを失ったら「世界を相手に!」という自分の思い自体を喪失することにもなりますので、譲れない一線です。

  ただ沖縄の空手の基盤とする心身思想が人類の歴史において価値の無いものであったなら、その時点で潔く空手を捨てて、この米国で一介の日系米国人としてどんな卑賤(何とも時代遅れな言葉ですが)な職業に就こうとも生きていこうという覚悟だけはありましたし、いま現在もあります。 なぜなら人の一生は価値あるものに命をささげることにこそ、その人間の生きている証があるのだという、盲信ともいえる思いがわたしの中にはあるからです。

  それと同時に日本の空手を修行された人物が書かれた、「沖縄空手の形(延いては空手全体の形自体)は無価値である」との要旨の、日本の空手のみを学んだ人間に対する自分の反論もありました。「あなたは、武術として沖縄空手の片鱗さえも見たことがないから、そのようなことがいえるのではないか?」という幼少の頃から空手に親しんだ自分は言いたかったのです(しかし個人的には後記するように、そのような段階まで修行された人間に対する尊敬はあります)。

  たしかにわたしが疑問を持ち始めた当時も現在も、日本本土における大部分の空手の形は使えないでしょう。それは、沖縄で行なわれている形でも同様です。近代になって勃興してきた流会派の形は当然のごとく、大正、昭和期の教育課程に採用された空手の形も同様です。

  現在おこなわれている形を使えると言っている人間は余程の天才か、東洋心身文化というものを理解していない人間だけです。そして天才でない多くの、わたしのような人間は当然のごとく形に対して懐疑的な思いを抱きます。その思いは空手に対して真摯であればあるほど、強く抱くことになります。

  ですからわたし個人として「これは使えん!」として形を捨てた流派や個人、あるいは沖縄空手(果ては日本空手全般)の形に疑問を持っている人間に対して「そこまで真摯に修行したのか!」という尊敬の念はあるとしても、彼らを誹謗、否定することは出来ません。

  使えない形のツジツマを合わせて自己や流派の存在価値を保持する人間や流会派などよりは、そのような人間の存在が空手の未来を語るときに価値あるものではないかと思ってしまうのです。

  そして現在行なわれている素手の空手のみではなく、現段階では棒の形なども同じ状態ではないか? と修行の過程で理解できたのです 
  
  さて、現在の棒の形の練習に話しは戻りますが、その棒の間違いの部分に差し掛かると練習していた自分の身体が自然に止まってしまうのです。「ここは違う・・・?」と身体が受け付けなくなっています。それは棒を使う際の身体の動きもありますが、それ以上に形の構成伝承自体に問題があると思っています。

  「ここは、後で大仰にするために動作を加えたな!」、「ここは一手が逆になってしまっている」、「ここは手が抜けてしまっている」、「この立ち方では棒は使えん」、あるいは「この伝承方法は、首里の手の思想を理解していない」などなど、首里手の基本思想・操作を理解した後で現行の棒の形を練習すると明確になってくるのです。



  つづく

  2010年5月8日

古武道 その4

  
  武器を使う古武道でも、素手の空手でも、首里で修行された武術(首里手)はすべて同じ理論・理念で動いています。

  なぜなら「剣の時は、この理論・理念」、「素手の時は、この理論・理念」などと修行してしまうほど効率の悪い方法はありません。だれが考えても、同じ心身理論・理念で修行した方が良いのです。
  でもその時に、必要最低限の規制が掛かるはずです。それは心身思想の高低によって自分の身を守る際の生死に関わるならば、人類共通の、そして世界最高の心身思想でなければ、自らの身を守ることは不可能だということです。
  ですから、日本武道はすべて剣の心身思想で動いています。いや、日本の心身思想の結晶が剣のそれだとしても良いでしょう。

  これは沖縄の武術も同様で、素手の空手、武器を使う古武道とすべて同じです。
  そして古伝の沖縄空手(首里手)を学んでんいる人間にとって心強いことは、沖縄空手のみならず、沖縄古武道にもその人類共通のそして世界最高の心身思想が存在するのです。 
  
  その理論・理念を理解さえすれば、空手、古武道の形の身体操作は理解できます。とは言っても「理解」と「習得」とは、まったく別次元の話しではありますし、武道は本来は「習得」してなければ「理解」してないとされる、厄介なものの一つですが・・・。

  この身体操作の部分が近代化されスポーツ化した日本本土の空手や、現存の大部分の沖縄空手では消滅してしまったのです。さらに明治期に導入された首里の手とはまったく異なった心身思想をもつ、新しい(?)中国拳法の動きなどを当時の沖縄の修行者たちが闇雲に取り入れてしまい混乱を招いた部分でもあります。古伝の空手、古武道などのの沖縄武術(首里手)という大きな木の幹に、種類の違うスポーツや新しい(?)中国拳法という木を接いでしまったのです。
  あるいは、木に竹を接いだとしても良いでしょう。

  さらにやっかいなことは、形の構成部分において首里の手(空手、古武道)には暗黙の了解があります。これは、形の様式と呼ばれるものです。ただ現在では、この様式が見た目が美しくなる様式だと思われています。本来は、この様式とは暗喩のことです。首里の手をトコトン修行すれば分かりますが、各形には共通の動作が存在し、「この動作は、本来はこのような意味である」としているのです。この時にこの特定の動作を無視したり、業や、技に直結させてしまうとまったくの間違いが起こってしまうのです。
  
  この首里の手の各形に共通する理論・理念と、構成の際の暗喩さえ理解してしまえば、小学生でも形の意味が理解できるのです。

  再、三記しますが、首里の手において素手の空手と古武道の形の理論・理念はまったく同じです。その意味は身体操作が、まったく同じだということです(いわずと知れた、ナイファンチですね)。

  古武道は「武器」という道具を使いますから、もう一つの重要な様式(暗喩)が存在します。それは「***」です。例えばこの***の理念があるからこそ心身思想は同じでも、日本剣術にある棒の使用方法と沖縄古武道の棒の操作はまったくと言ってよいほどに違いがあるのです。

  そしてわたしは、ある程度この「***」の理念を理解したからこそ、ナイファンチを習得した後に棒を再び手に取って形を使った時に、「ここは違う」、「これでは使えん」という部分を指摘でき、かつ修復することが出来たのだと思っています。

  ただ修復とは言っても、自己満足で修復していけば改良と信じて改悪、改変し続けて行った現代空手の二の舞になってしまいます。だから慎重に、かつ多くの人間の形を当たっていく必要があります。でもそれさえキチンとしておけば、後は形が語ってくれます。

  2010年5月14日

空手の歴史


  このホームページには「空手の歴史」というページがありますが、現在は開店休業の状態になっています(ゴメンナサイ)。

  じつは、「空手の歴史うんぬん(仮題です)」という原稿をもう十五年ほどまえから書いています。
  この空手の歴史を調べるという途方も無い企てのお陰で、浅才の自分がどれだけ四苦八苦したかは、いつか笑い話として記してみようかと思います。

  ともかく調べられるすべての文献にあたり、かつ画像などもすべてチックしました。
  以前はYOUTUBEなどは無く、すべて8ミリかそれから起こしたビデオです。現在YOUTUBEなどで見れる昔の空手・古武道の動画は、わたしの場合はまだ公表されていないものも含めて、十五年ほど前に全てと言ってよいほど見ています。さらに本箱のどこかに、昔の沖縄空手界の重鎮たちにインタビューした時のテープも多数残っているはずです。  

  月刊空手道に「空手三国志」を連載していたのも、これらの史料・資料を使ってでした。そして「三国志」を書いていたお陰で、さらに多くの方から史料・資料の提供もありました(アリガトウございます)。
  でもある時点から、連載を続けるのが苦痛になってきたのです。それは自分が怠け者だということもありますが、空手の歴史がいままで思っていたのとはまったく違っていたからです。

  いや空手だけでは無く、琉球王国時代の歴史がわれわれが学んでいた、あるいは思っていたものとはまったく違うものだということが分かってきたからです。その大部分は軍事関係であり、それと関連する、武道・武術の身体操作の歴史もまったく違っていたのです。

  結論を簡単に述べてみると、琉球文化(特に古琉球)とは日本本土(大和)の鄙に過ぎない部分が多数存在するということです。さらにそれを心身文化である武道・武術に当てはめてみると、「琉球古来の手」とは「大和の武術の土着化」なのだということです。
 
  現在思われている古来からの琉球独自の心身思想などの思い違いは、このホームページでも現代空手に影響を与えた「近代スポーツの思想と同時に、首里の心身思想とはまったく異なった最新の中国拳法の思想など・・・」の言い方で述べている部分です。じつはこの心身思想は、王国時代の沖縄には存在していなかったのです。

  そして近代を迎えた多くの沖縄の空手家が、その心身思想を最新、かつ最高(?)の思想だと思って、闇雲にあるいは無批判に取り入れてしまったのです。現代の空手の形などに代表される空手の技術的な混乱の一つの大きな要因が、この間違った思想を首里の手に当てはめてしまったことに由来するのです。

  でもそれを明確にして、発表することは蛮勇ともいえる決断がいりました。  

  なぜならその結論を空手の歴史に当てはめて明らかにすることは、現存の多くの流派の身体思想を否定することにもつながります。
  ですからその狭間に立って三国志を連載を続けていくことは、当時の自分にとっては苦痛以外の何ものでありませんでした。生来が怠け者の身と、これらの苦痛が加わり除々に原稿を書くことを止めてしまいました。
  そのために月刊空手道の編集部に、多大なるご迷惑をもお掛けしたとも思っています(ゴメンナサイ)。とくに三国志をまとめて本にするということで働いてくださった、Uさんには、本当にご迷惑をおかけしました。心からお詫びします。
  
  しかしここまで調べたからには、自分の要旨を明らかにするために、何時か、なんらかのカタチで発表する以外に道はないとも思っていました。

  なぜなら今から百年後に人間の心身操作のすべてが明らかになった結果、沖縄空手の心身思想はまったくの間違いであり、琉球王国の人間は真理というものを取り違えていたのだ。といわれることを避けたかったのです。

  でも歴史の事柄を調べるというのは、底なし沼に陥ったような様子になってしまいます。調べれば、調べるほど分からないことが出てきます。
  特に口碑や身体操作で伝わっただけの武道・武術などは、紙碑に残っていないために余計その傾向が強いのです。「オレは、完璧な歴史を記す」などと意気込んでいても、自分の才能で出来ることはまったく微々たるものなのだと理解できたのです。
  
  しかし今回は今年中には原稿を仕上げて、本として出版できるカタチに持って行きたいと思っています。
  なぜなら、完璧さを期して待っていても、しょうがないという思いに至ったからです。

  自分が疑問に思い、史料・資料の不足で悩んでいた部分は、現在は歴史の専門家の方々の討論の的でもあるのだということが分かったからです。
  その専門にしている人々も、自分と同じ部分で同じレベル(? 笑ってください))で辛苦していると知った時に、今現在の自分の知っている限り、そして調べたつくした限りのことを世に問う以外に道は無いという結論に達したのです。

  わたしという21世紀初頭に存在する空手修行者が、自らの限界まで調べた結果がこれであるならば仕方がない。という思いです。

  後は、次の世代に任せようという気持ちでいます。


  2010年5月19日

月刊「空手道」


  今月の27日に、日本国内において月刊「空手道」の7月号が福昌堂から発売になりました。
  この号では、わたくしが表紙になっています。
  わたし自身はアメリカにいるのでまだ入手していませんが、水口編集長からの原稿は一応頂いていましたので内容は大体は分かっています。
  ただ編集長の書かれた内容は素晴らしくとも、福昌堂から「お前が表紙になったお陰で、雑誌の売り上げが減った」と言われるかもしれません。その時は、御免なさい!

  しかし、正直に有り難いことだと思っています。

  空手をやっているわたしにとって、若い時分はこの雑誌の表紙に載ることに憧れがあったのですが、今回は「ホッ!」としたというのが実感です。
  自分個人ならば、チャランポランをやっていても自分の人生ですからどこからも文句はでません。さらにわたし自身に、チャランポランをやるからこそ人生じゃないか! と思っているアブナイ部分があります。

  でも、わたしには一空手修行者という身以外にも、小さいながらも沖縄空手道「無想会」という組織の長として活動しなければなりません。そのために、後について来てくれる生徒に対して責任があります。
  特に、昨今は日本にも同好会を設立して活動を始めています。彼らの活動を出来る限り援助、支援することが職務となります。

  雑誌という公(オオヤケ)の場において、個人の私情を挟んでしまうことは駄目なことは重々承知です。でも今回ように月刊「空手道」の表紙になり、特集も載せていただけば彼らが活動するための一助になります。「ホッ!」としたという思いは、「その責任の一部を、今回は果たすことが出来たな」ということです。

  すこし大げさになりますが、公と私というのは、非常にデリケートな問題でもあります。色々と違った意見があると思いますが、こと空手に関しては、わたしの存在が無想会の為になり、無想会の存在が空手界の為になる。さらに空手の存在が、社会(世界)の為になるような関係を作る以外に無いと単純に思っています。
  
  しかし単純な結論は、実行に移す際には苦痛をともなうことも多々あります。

  技術的には無想会の現存の形や基本、戦術などでも自分の修行の過程で「これは、古伝の沖縄空手(首里手)のものではないな」、「これは(自分が)間違ったな」と言うことがあったなら、恐れずに代えて行こうと思っています。
  それはわたしの後について来てくれる生徒にとっては難儀なことではあるかもしれませんが、究極的にはその方が空手の修行が深遠になると同時、師と生徒との関係においても最良ではないかと信じるからです。

  今年はこの後に「沖縄武道空手の極意・その四」の出版、カナダ・セミナー、本部道場でのU.S. A.セミナー、そして「空手の歴史」と「その五」の原稿の完成、さらに来年の日本でのセミナーに向けての準備など頑張らなければ為らないことが山積みです。

  でも「豚も、おだてれば木に登る」と言われるように、わたしのような単純な人間には「空手道」の表紙に載ったことで励みがついて、その辺りの木に登ってしまうのではないか? と思って頑張る以外にないようです。



  2010年5月29日

  P.S. 月刊「空手道」まだお手元に無いなら、買ってくださいね! モデルがわたしで売れないと、「鬼の編集長」に怒られます(アッ! これはウソ)。
  
  ともかく表紙のモデルは「?」マークでも、水口さんの書かれた内容はスゴク良いです。