コラム


沖縄空手道無想会の会長である、新垣清最高師範の2010年9月のコラムです。
最新の記事がトップに載ります。

本サイトは、沖縄空手道無想会と新垣清の公式サイトです。本サイトの内容を権利者に無断で、複製または改変することを固く禁止します。
© 2009- 2011 Okinawa Karate-Do Center. All right reserved.
 

沖縄空手道無想会へのお尋ね、お申し込みはこちらまで

Okinawa Karate-Do Center
Muso-Kai
153E 4370S #15
Murray Utah 84107
U. S. A.


電話・ファックス: 米国(801)262-1785

    メール:musokai.karate@gmail.com


  Okinawa Karate-Do
Muso-Kai
       
沖縄空手道

無 想 会



秋口の風

  

  九月の声を聞いた瞬間に、明け方がやや冷え込むようになりました。
  明日のLabor Dayで、一応夏は終わりです。
  そろそろ沖縄出身のわたしにとっては、憂鬱な秋がやってきます。
  
  真冬の寒さも嫌ですが、外が真っ白な雪に覆われて空が真っ青に澄んでいる寒い冬の朝などは、それなりに風情があって好きでもあります。
  そして「冬は寒い!!」という認識がありますから、自分の身体の方も覚悟はしているので何とか凌げるのです。

  でもねー。秋はジョジョに寒くなっていくでしょう。
  だから、自分の身体が夏の暑さに未練タラタラになってしまうんだよねー(と、ここでなぜか突然、口調が馴れ馴れしくなります。自分に、自信の無い現れですね)。

  それに秋の空は常時灰色で、日が短くなってしまいます。
  クロマニヨン人のDNAが過剰に残っている自分のような人間は、クマと一緒で「アッ! そろそろ冬眠しよう」と、サングラス無しでも身体が単純に反応してしまうのです。

  そんなこんなで、もう原稿書きに身体が飽きてしまったので、昨日の土曜日は4時間強ジムに行って身体を動かしてきました。無い脳みそを絞って文章を書くなどと、身の程知らずのことをやり続けると、やっぱり身体が悲鳴を上げて動きたがるのです。

  それとジムにはサウナがあるので、その中で身体を動かすと当然のごとく熱くなってきて、汗だか、鼻水だかしらないものがダラダラと落ちてきて、やっと人心地するのです。

  若い時分に沖縄で練習していた時は、空手着が汗でビッショリになるのは当然のこと、それを洗いもせず干して翌日着るともうゴワゴワになっている。というのが習慣だったので、汗、涙、鼻水みんな一緒くたんになって始めて「アッー!練習した」という満足感に浸れるのです。

  年取ってこれをやると、あんまり身体に良くないのは承知していますが、もう仕方ないんだよねー(あっ! また馴れ馴れしい口調)。

  さて札幌同好会の副代表を務めている大山氏の記した「カナダ・レポート」が、月刊「空手道」の11月号(9月末発売)に掲載されるそうです。

  カナダのセミナーに日本から一人で参加して、写真を合計1500枚も撮って、懸命に仕上げたレポートです。立ち読みだけでは終わらず、ぜひ購買して読んでやってください。

  その札幌同好会の二人が、また今月末に本部道場で一週間の特訓を受けにやってきます。今回は平安の五段までと、組手と棒の形の手ほどきまでいけたら良いなという目論見でいます。

  わたしの方は11日に沖縄舞踊の団体が沖縄から来られて演舞をすることになっているので、その開会の挨拶と演武をする予定です。

  月曜日は公休日(Labor Day)で道場が休みなので、原稿をまとめ書きしつつ気を引き締めて行こうと思っています。


  2010年9月5日  


琉球芸能特別鑑賞会・演武


  今日土曜日に、ユタ州沖縄県人会の沖縄舞踊会が、沖縄から舞踊と唄の一団を招いて、交流会を開きました。
  その時にわたくしは、大会会長ということで挨拶と演武をやらされる羽目になりました。
  会長などと言っても、別に何の手助けもしていないのですが、沖縄舞踊会が無想会の道場を練習所として使っているので、わたしに気を使ってくれただけです。

  棒の形と空手の形を、それぞれ一つづつ披露しましたが、「まあ、あんなものでしょう」。
  棒はもう十年前後も手にせず、ここ一年ほどでまた修行を再開しただけなので、演武の際には動きながら棒を振ることができません。
  観衆の前で、ミスが出るのが怖いのです。
  そのためにストップ・アンド・ゴー、そしてストップ・エンド・ゴーになってしまいます。一般の観衆には身体を固定して、思い切り棒を振り回すと、迫力だけはありますので、自分で言うのもなんですが好評でした。

  でも、これは武術としての棒ではありません。

  しかし今年から演武をやると決めたので、自分の修行の一環、または課題として今回の演武を引き受けました。
  ただ自分はあまり舞台に立って揚がるということはありませんので、「アッ! 今居ついたな」「半身になってないな」とある程度は自分で演じながら確認できるので、重宝です。
  素手の形は「羅漢(ローハイ)」をやりましたが、これは自分で一応はやっていますので、一般観衆へ演武用にやや止めた動作を意図的に入れることができます。

  棒の形と素手の形。自分の技術が未熟で居付いてしまう形と、やや「見栄」を意図的に作り出せる形。両方とも外から観れば同じようですが、やっている本人にとっては大きな違いがあります。

  今後とも機会があれば恥をかこうが、失敗しようがどんどん演武をやって行き、自分の修行の糧にしていこうと思っています。
  
  じつは演武をやる時に、わたしはこれでもプロの人間ですから、一般の観衆の前で演武をする時は、一応は化けの皮が剥がれない程度には行なうことは出来ます。ミスを判っているのは演じているわたしだけ(?)で、でもそのミスを決して忘れないないで次の修行の糧にする。今回もその心算で、自分の修行の糧になるだろうということで、再修業一年後の棒の形を演武したのです。

  ただ、今回は冷や汗が出る出来事がありました。

  交流会の終わった後で、沖縄から来て唄と踊りを披露してくださった先生や生徒さん。そして、ユタ州の舞踊会の方々との晩餐会がありました。その席で偶然の会話から、隣のテーブルに座っていた女性が、わたしが一番棒術で尊敬する大城利弘先生の沖縄から来られた妹さんと分かったのです。

  これにはあちらがビックリ、こちらはもっとビックリ。勿論、初対面です。

  でもねー。こちらは冷や汗ものなのですよ(アッ! 突然、馴れ馴れしい言葉使い。自分に自信の無い証拠!)。
  
  すなわち観客にプロは居ないと思って棒を振っていますので、武術的に観たらダメな棒なんですよ。でも誰もわかるはずがナイ、自分の修行のためだと、腹を決めて(あるいは言い訳を作って)演武しているので、よりによって大城先生の妹さんが居るとは思っていないのですから・・・。困るんだよねー。こんなこと・・・。

  と、言うわけで、演武の怖さというのを実感しました。

  さらに付け加えると、このユタ州の舞踊会の会長さんは、ナンとあの山根流創始者の知念三良翁の親族の方で名前も同じく知念さん。
  ですから、知念さんと大城先生の妹さんとわたしで記念撮影をしました。

  縁というものは、面白いものです。
  でも・・・怖いから、もっと練習しようっと・・(っと、馴れ馴れしい口調)。


  2010年9月11日


倍々ゲーム?



  再来週の月曜日から日本人空手家を対象にした、日本語によるワークシュップ(講習会)が始まります。
  これは一日6時間以上の練習を一週間にわたって行なうもので、遠方の日本人空手家にともかく武術としての沖縄空手の心身思想・操作を、短時間で集中的に教授するというのが目的です。
  3,4年ほど前に、現・札幌同好会代表の小平くんが一人でブラッ(?)と本部道場に立ち寄ってきてくれ、マンツーマンでわたしの指導をうけたのが始まりです。
  次に彼が現・副代表の大山くんを引き連れて、二人で去年尋ねてきてくれました。この二人は本当に良く頑張ってくれて、ボロボロになりながら必死に喰らいついてくれました。

  大山副代表はカナダのセミナーにも参加してくれ、レポートも月刊「空手道」の送っています(11月号に掲載の予定だそうです。購読してくださいね?!)。  
  今回は札幌から三名、さらにカルフォルニア州から一名の、計四名の日本人が参加します。おかげさまで、一人から二人、二人から四名になりました。
  さらに嬉しいことに、札幌同好会も二人から四名と倍の数に増えています。ありがたいことだと、思っています。

  無想会の空手は、練習さえすれば誰にでも出来る空手です。才能は余り必要ありません。教えているわたしが、一番才能が無いのは見え見えなのですから・・・。
ただ、練習せずに習得できるものでも無いのです。そのために、コツコツと練習をやっていただく以外に道を行く方法はありません。指導者に才能があれば、もっと楽な方法を見つけ出せるかもしれませんが、わたしには無理です。

  そのために短時間でギュウギュウに詰め込み、詰め込みで、この一週間をすごさせ、各自自宅に帰ってからその詰め込んだものを解き放って自分の修行の糧にする。あるいは修行の指針とするということです。そのために各自に、宿題も多くだします。

  特に本部道場には黒帯の連中が居ますので、彼らと受講者がマンツーマンで長時間教えることが出来るので、効率が非常に良いのです。来年に、カナダから団体で来る連中も、それが目的だと思います。記念撮影会、あるいは親睦会などとは全然異質なのでその心算で来てくれ、と参加者には言っています。
   
  さて札幌同好会、またワークショップの受講者も倍に増えて大喜びのようですが、じつはそうでも無いのです。
  
  肝心要の、本部道場の生徒が増えません。
  
  まあ、わたくしの人徳の無さが最大の原因でしょうが、空手の流行が廃れていることもあります。でもじつは、わたしが地元での普及・宣伝をまるでやらないからです。
  さらに普及をやらないのは金欠病で宣伝費が無いのが理由ですが、本当のところは時間がマルで無いからです。

  今回の講習の前に「空手道の歴史(仮題)」の原稿を仕上げるために、いまシャカリキになっています。ただ、そのために自分の修行の時間ができません。やっているいのは、道場での空手のみ。そのために体重が10ポンドも増えてしまい、四名の受講者は「空手を学ぶ心算で来たら、じつは相撲部屋だった!」という感想を持つと思います。
  さらにこの原稿が終わっても他の本を書き上げる予定ですので、今後も地元での普及・宣伝の予定が立たないのです。自分の練習をして、生徒を教えて、原稿を書くともう一日二十四時間、一週間七日がそれこそ「アッ!」という間に過ぎて行きます。道場の普及・宣伝などの時間が取れないという、道場経営者としてはまったく失格な生活です。

  だから他は「倍々」ですが、自分のお膝元は「バイバイ」なんですよ(ワーッ! 下手な洒落)。

  でも戦略を変更する心算は、ありません?
  ともかく行けることろまで行く以外に、道は無いと思っています。「千里の道も一歩から」とは良く言い古された言葉ですが、わたしのようなチャランポランな者でも、今の一歩は「千里に繋がる一歩」だとの思いがあります。

  その一歩一歩を着実に一人で、いや自分を信じてくれる仲間と共に歩んでいくだけだとの覚悟はあるのです。
  まあそれほど大上段に構えなくとも、相撲部屋のノリで「ドスコイ!」とやって行こうと思っています。


  2010年9月18日


  
  


日本人特別講習会

  

  日本人空手家を対象にした日本人特別講習会が、明日の月曜日から金曜日までおこなれます。
  一日6時間以上の練習の予定ですが、それでも教えなければならないことが多すぎて、時間が足りないということになると思います。
  札幌の二人は今回で各自合計3回にわたって、わたしの元で指導を受けているので、彼らのレベルは把握しています。他の一人も地元の札幌同好会で、ある程度のことは学んでいると思います。
  カルフォルニアから参加の一人は、まず武術としての沖縄空手の思想から説明する予定です。
  
  クラスの間は本部の黒帯の連中をマンツーマンで就けて指導すれば、どうにかなるだろうという目論見です。
 
  でもそれはクラスの中だけで、他の時間帯はわたしが一人で彼ら四名を指導することになります。
  レベルの違う四名を、いかに効率良く指導することが出来るか? この事柄にいま一番頭をなやましています。でも彼らのレベル・理解力がまだ分かりませんので、明日から出たとこ勝負でいく以外にありません。

  この講習会が終わったら、11月の講習会、来春のカナダの連中を主体とした講習会、さらに札幌での講習会を予定しています。

  この講習会の前に「沖縄空手道の歴史(仮題)」を仕上げると自分自身は決めていたのですが、どうにか約束を果たせそうです。

  まだ出版の予定も立っていない原稿ですが、一応は自分自身に対するケジメとしてやってみました。徹夜・徹夜の連続でここまで来ました。明日の講習会は半分寝ぼけ眼で行なうと思いますが、まあ、気合を入れていけばどうにかなるでしょう。


  2010年9月25日