コラム


沖縄空手道無想会の会長である、新垣清最高師範の2011年1月のコラムです。
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沖縄空手道

無 想 会

  

謹賀新年



  明けまして、おめでとうございます。
  昨年中は、お世話になりました。
  今年も、よろしくお願いいたします。


  2011年1月元旦

「寒いよー」


  年末から、メールの送受信が不調になりました。

  それに続いて、なんとテーブルの上の電灯がおかしくなり、今度はPCのソフトの大部分が使えなくなってしまいました。
  さらに道場に二つあるヒーターの、両方が故障してしまいました。

  今年はこのユタ州だけでは無く、全米規模、いや全世界的に寒波が襲っています。
  そんなときヒーターが、故障するともう大変!!

  わたくし自身は、年末にインフルエンザに掛かってしまっい、ようやく治ったと思ったら、この寒さにもうゲンナリ。こんな寒さの中では、沖縄出身のわたくしのような人間には、もう生きて行くだけでも大問題です。

  「何でこんなに寒いんだよ・・・」とぶつぶつ呟きながら、北海道同好会の小平・大山両氏から頂いた丹前に包まって、家で縮こまっています。側に猫が寄ってきて、二人(?)で抱き合っています。

  その間も、年末にインフルエンザに掛かった時に、高タンパクの食事をして運動をしてないので、体重が面白いように増えていきます。
  年が明けて体調が戻っても、寒波を押してジムに行って着替えると寒いので、行くのは「イヤ!」となってしまいます。ですから、この3週間で2回ほどしか自己練習のためにジムに行っていません。

  散髪でさえ髪が短くなると、「寒いからイヤ!」となって、髪も伸び放題。

  なんか年の始めから、前途多難な未来を予測するような、状態に陥ってしまっています。

  でも道場で凍死するのはイヤですし、これでは生徒も可哀相です。ヒーターを修理して、PCも修理に出してようやく正常に戻りました。  

  嗚呼、でもこの寒さだけは春が来るまで、続くのでしょう。寒さに震えながら、わたしは赤い鼻緒のジョジョ(下駄)を履いて「春よ来い、春よ来い・・・、」と口ずさみ、日々を過ごしています。

  しかし、このような苦難続きの年末年始でしたが、二つほど良い影響がありました。

  それは、走れるようになったのです。

  じつはここ数年ほどは、走ることが出来ませんでした。
  ナイファンチの修行をしていた時には怠け者の自分でも、身体を極限まで酷使しました。特に足腰は徹底的に鍛え、かつ使用しました。

  日々の修行で日に20キロくらい走ったり、バイクとランで四時間過ごしたり、1マイルを5分で走ったりもしていました。さらに、その後にナイファンチを延々と長時間やりこむという生活です。その結果自分なりにナイファンチはどうにかなりましたが、足萎えという状態にまでなりました。

  特に空手の場合は素足なので、足裏への負担は並大抵のものではありません。

  走ることはのみならず、歩くこと、果ては立ていることも苦痛でした。チョッとした距離でも歩くと、足が「ナヨッ!」となって腰から崩れていくのです。小説などで出てくる「足萎え」とはこのことかと、感心すると同時に、やはり我が身ですから哀しくもなります。

  その後に走ることを中止(というか走れない!)していたので、除々には良くはなっていきます。それでも自己練習の際に、足裏への負担の少ないバイクこぎなどは続けていたので、長時間立っていたりすると症状が悪化しますし、走ることは論外でした。

  でも今回年末・年始の寒波のお陰で(?)で、練習を完全にサボっていたら、なんか足裏の調子が良いのです。

  昨日、ジムで思い切って走ってみました。

  とは言っても横から見ると「オイオイ、それは走るとは言わん。早足で歩いている、というのだ」と半畳が入るようなスピードでしたが、どうにか30分ほどはOKでした。

  これは、嬉しかったです。
  人生すべて、「塞翁が馬」なのでしょう。

  単純はわたくしは、これに勇気付けられて(?)、今度は「散髪行ってこよう!」と思っています。



  2011年1月15日

  P.S. もう一つの良い影響はまたの機会に・・

散髪しました。


  昨日の日曜日はやや気温が上がったので、「エイ、ヤッ!」と勇気を出して(?)散髪に行ってきました。
  気持ち良いですが、寒いんだよねー(なんか、馴れ馴れしい言葉使いですね)。
  
  ただでさえ頭の中がスカスカしているのに、外側の髪が短くなると、この寒さが余計に身にしみます。

  その後に、ジムに行って走ってきました。
  一応は一時間ほど足の筋肉を誤魔化し、ごまかしして、労わりながら、除々にスピードを上げて行っています。このまま足が持っていってくれると、どうにか走っている格好にはなっていくと思います。

  さて練習を終えてシャワーを浴びた後で、持参のドライヤーで髪を乾かしていると、「ボッコ!」という間抜けた音を立てて、ドライヤーが壊れてしまいました。
  一瞬、唖然としてしまいました。

  もう記しましたが、この年末・年始にかけてわたしの取り扱う、ヒーター(これはガスで動く道場の二つでは無く、別の小さい電気ヒータです)、コンピューター、ドライヤー、電灯などの、電気系統の故障が相次いで起こっています。さらに日本の親戚によれば、こちらに電話しても通じなかったということです。

  なんか、ホーラー映画みたい!

  日ごろの、悪行の数々の報いなのでしょう。
  「嗚呼、ついに年貢の納め時か?」と、時代劇で善者のお奉行様である遠山の金さんに、「ヘイ、恐れい入りました」と、頭をたれる悪党のような気持ちになっています。

  ただこの年末・年始の怠惰な生活と電気系統の不調のために、二つほど良いことがありました。

  一つは少しだけですが、走れるようになったことです。
  二つめは、PCが使えなかったので本をノートを取りながら読むという、昔の習慣が戻ってきたことです。

  わたくしは高校生のころから、自分の読んだ本の感想をノートに記していました。合間に日常の事柄も記していたので、簡単な日記のようなものです。

  まあ、わたくしの事ですから、記した後から何を書いたかを忘れるという有様でしたが、これは自分の数少ない良い習慣の一つだと思っています。

  でもPCを使うようになって、その習慣をなくしてしまい、除々に自分の書いた原稿も紙にハードコピーする事無く、PC上だけで処理できるようになってしまいました。

  これは一面では良いことのようですが、わたくしは自分の汚い読みにくい字でも、紙に字を書いていくという行為は、PCを使う時とは脳の別の部分を使用すると思っています。

  わたくしの怠惰な脳を活性化するには、このような作業は必要不可欠なのです。
  でもPCの便利さでこの習慣を無くしてしまっていたのですが、PCの故障で仕方なく紙に字を書くという原始的(?)方法に戻りました。

  やはり、この習慣は大切なようなので、時間が許す限りは続けていこうと思っています。



  2011年1月17日
 


花に嵐のたとえもあるさ


  今晩BYU無想会空手クラブの創始者・指導員のホアン・ドウ初段と、そのご一家にお別れの晩餐に招かれました。
  彼は来週に、カルフォルニアへ栄転になります。
  実は年末にわたくしの方に相談があり、カルフォルニアに居る会社の上司から招きがあって、行くかどうか迷っているということでした。
  わたくしとしては、行った方が良いという助言をしました。
  優秀な人間は、ドンドンと大きな場所で自分の才能と運を試すべきだというのが、わたくしの信条だからです。第一カルフォルニアは暖かいので、出来たらわたくしの方が、ノコノコとついて行きたいくらいです。

  でも、じつは一抹の寂しさがあります。

  彼は、本年度末に弐段を受ける予定でした。
  そして、いま本部道場では黒帯、色帯上級のジュニア(13-17歳)の生徒が多量に増えています。
  彼らの大部分は児童部から上がってきた連中で、いうなれば子飼いの生徒です。でも児童部では基礎体力、運動神経などの向上を目指す指導が主で、本格的な武術としての空手の動きや理論を詳しく教えてはいません。そのために、ホアン初段に彼らの集中的な指導を任せる予定だったのです。
  さらに彼みずからが創設したBYU空手クラブが、ようやく軌道にのってきた時期なのです。でも、まだ彼の後を任せられる指導員は居ません。

  あれやこれやで、ホアン初段とそのご家族にとっては嬉しい転勤ですが、わたくし自身、そして無想会空手にとっては大きな痛手ともいえます。

  ここ近年で彼ほど無想会空手を学んだことで、自らを改革できた人間はめったにいません。
  元来が真面目な人間なので、良い所までは行くだろうとは思っていましたが、ここまで上達し、かつ人間的に成長するとは思ってもいませんでした。またまた、わたくしの嬉しい誤算です。

  さらにたった四年余りでここまで武術としての沖縄空手を理解し、かつ実践できるということを眼の辺りにして、師であるわたくしにも教える自信がつきました。

  彼はカルフォルニアで一段落ついたら、彼の地で無想会空手同好会を開設する予定ですし、BYU無想会空手クラブは後輩の一人が継続して指導する予定です。 

  今後はさらに本部道場のジュニアが非常に学業も優秀な一団なので、彼らが州内外の大学へ進むことで無想会空手クラブが各地で創設されることの、先駆けになってくれると思っています。

  後に残される身になってしまったカタチになったわたくしは、一抹の寂しさはありますが、本拠地としての本部の役割がもっともっと増えていくことになると思いますので、身を引き締めていく心算です。

    空手においては師弟の関係ではありますが、わたくしにはそれにも増して道友だという思いが、生徒に対して強いのです。このような素晴らしい道友を、数多く得ることの出来た自分の空手の道に感謝しています。

  勧 君 金 屈 巵
  満 酌 不 須 辞
  花 発 多 風 雨
  人 生 足 別 離

  という、于武陵「勧酒」の詩を彼に贈りましたが、日本語では井伏鱒二の手で、素晴らしい訳が為されています。
  
  君この盃をうけてくれ
  どうぞなみなみとつがせておくれ

  花に嵐のたとえもあるぞ
  サヨナラだけが人生だ




  2011年1月21日
 





SNSの効用と生徒


  SNSとはソーシャル・ネットワーク・システムということで、FACEBOOK’やTWITTERなどのインターネット・サービスのことです。
  弊会も一応は、FACEBOOKに Muso-Kai Karate として載せてあります。まあわたくしには人寄せパンダの役目(パンダさん御免!)もあるので、このSNSもその一つです。
  弊会の宣伝だけでは無く、生徒間の親睦にも役立つだろと思ってやっています。でも正直言ってわたくしには時間の無駄というか、無益なものの一つであるという認識しかありませんでした。

  これは、年齢的なものもあると思います。
  こんな個人のプライバシーをチョコチョコと載せるのは、自己満足の極致だと思っていました。そのために、必要に迫られる以外は更新もあまりしません。

  いまアメリカでアカデミー賞の呼び声も高い、「ソーシャル・ネットワーク」というFACEBOOKの創始者(?)を描いた映画も、あまり興味は無いのですが後学のために一度は目を通さなければということで映画館へ行きました。しかし、案の定というか、後半でウトウトと居眠りをしてしまいました。

  まあ、年寄りのわたくしなどには、年代的に受け付けないということもあります。でも一番の理由は、肉体派のわたくしとしては、「情報なんかで、人が動くか! 人は、情念で動くのだ。肉体の行動によってこそ、物事は成就するのだ!」という、抜きがたい信念のようなものがあるからなのです。

  言ってみれば、頭の弱い人間の遠吠えみたいなものです。

  今回チュネジアで起きた革命(?)や、エジプトでの国民の反体制運動なども、SNSの存在が多く取り上げられています。 
  でも、これも彼の地の識字率と出生率の兼ね合いから、生まれでてきたものです(詳しくは、わたくしのブログをお読みください)。
  さらに、その機転となったのも一人のチュニジアの若者の焼身自殺という、命をかけた行いから生れてきたものだという気があります。

  ですから「SNSなどは過大評価だ、時間の無駄だ」という思いに、変わりは無かったのです。

  でも、昨日FACBOOKからメールがあり、そこには一人の人間が紹介されていました。わたくしが非常に気にかけていた、昔の生徒でした。非常に気にかけていたというよりは、一番気になっていた生徒なのです。彼ももう立派な大人になり、幸せに暮らしている様子が伝わってきます。
  
  これは、嬉しかったです。
  
  さらにいまは多くの昔の生徒の近況を、FACEBOOKで知ることが出来ます。

  「アリガタイ!」ことだと、思っています。

  まだ「人は、行動してナンボ!」という思いに、変わりはありません。しかし、「このSNSなどを利用して、多くの人間との交流を深めていく方法を模索しても良いかな?」。
  さらに 「それも、一つの行動だな」、という思いが芽生え始めています。
  典型的な日和見というか、妥協ではあります。でも能天気なわたくしは、深く考えるよりは、やった方が性(ショウ)に合っているようなので(まず、深く考えきれませんしね!)、チャンとコンスタントに続けて行こうと思っています。



   2011年1月29日