2009年コラム



日本語ウェブサイト開設にあたって

  皆様のお陰で、無想会の日本語のウェブサイトを開設することがようやく適い
 ました。
  ありがとうございます。

  ご承知の方もいらっしゃるかもしれませんが、今まで英語版のウェブサイトは
 個人所有としてのカタチですが、一応存在していたいました。
  しかし、製作してくれていた道場生が大学院の卒業課題などで忙しくて更新が
 ままならず、かつ英語だけなので日本の方々とはどうしても意思が疎通になっ
 てしまっていました。

  今回はこの日本語版を本部の管轄として運営し、かつ平行して同じような内容
 の英語版も同時に開設しました。さらに多くの方々にアピール出来るように、
 やや煩雑かもしれませんが「無想会とは」というページで当会の理念を詳しく
 記しましたので、もしご興味があれば御覧ください。

  さらに「空手の歴史」というセクションで従来とはまったく違った、沖縄空手の
 歴史を不定期連載のカタチで記していく予定です。
  じつは十五年ほど前から一般に語られている沖縄空手の歴史に疑問を持っ
 て、集め始めた史料・資料が私の手元に多量に存在し、それを元に原稿を記
 しているのですが、ライフワークにしても終わらないかもしれないという気がす
 るほど膨大なものになってしまいました。
 
  その整理を兼ねてここにダイジェストのカタチで除々に記していく心算ですし、
 これを機会に原稿も完成させたいと思っています。尻切れトンボになる可能性
 もありますが、気長にお読みくだされば幸いに思います。  

    もう一つ厄介なのは、このサイトは出来るだけ日本語と英語の同時表記で進めていこうと思っています。言語以外にも日本と他の文化の差異が存在し、か
 つ漢字の存在する日本語の記述は、英語のそれと比べて短くてすみウェブ・デザインの構成に配慮しなければならないとい問題も出てきます。

    プロバイダーもソフトも全て英語専用に近いので、同じ仕様で日本語のサイトを製作すると僅かながらズレが出てしまい難儀しています。

  そのためにこの先、どこまで同時表記が進めることができるかわかりませんが、ともかく出来るものからやっていくつもりです。

  なお従来からのウェブサイトは、アドレスは変更になると思いますが引き続き本部道場の道場生の親睦を図るために存続させる予定です。

   何かと至らないところが多いとは思いますが、よろしくお願いします。


   2009年8月30日
沖縄空手道無想会の会長である、新垣清最高師範の2009年のコラムです。
日付が新い方の記事がトップに載ります。

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二人の日本人修行者


  今日、北海道から本部道場に修行に来ていた、二人の日本人修行者が日本
 へ帰っていきました。
  そのうちの一人は三年前にわたしの本を読んで修行に来てくれ、今回は友人
 を一人連れ立って来てくれたものです。二人とも自立心が強く、旅なれている
 若者なので、迎える方としては非常に楽な思いをさせてもらいました。

  一応覚悟はしていたのでしょうが、アメリカに来たというのに観光はゼロで一度
 だけソルトレイクの大塩湖に車で朝早く練習の前に行っただけで、一週間のあい
 だ一日6ー7時間の練習に良く堪えてくれたと思います。

  わたしも遠く日本から来てくれた思いに報いたいので、付ききりで教えたの
 ですがが、さすがに二人とも三日目辺りから足裏の皮が剥けはじめ、股関節の
 痛み、急性の足裏腱鞘炎、縫工筋の痛みなどが続出してきました。
 
  わたしも慢性の足裏腱鞘炎に悩まされている身なのでよく分かりますが、
 歩くのにも難儀でもあったはずですが、道着を着て道場に入れば弱音を吐かず
 シャッキとして少しでも多くを学ぼうと喰らいつく態度は、他のアメリカ人の
 生徒にも非常に勉強になったはずで、感謝しています。
 
  日本国内では「このごろの若いものは・・・」と声が多いというか、極端な
 場合にはもう若い人たちに余り期待することも無いという声もありますが、こ
 のような若い人たちが日本にいるならまだまだ日本は大丈夫だな・・・などと
 長く異郷に暮らすわたしなどは思ってしまいました。

  指導者として正直に記しますが、技術的にはどんなに頑張っても、一週間で
 は習得できるものに限りはあります。でもナイファンチは号令をかければ、
 一応はカタチになるまでにはなって帰国することが出来たのは、二人の努力の
 賜物だと思います。

  突きも蹴りも原理原則は一応は理解してくれたので、あとは身体操作に当て
 はめるだけなのですが、これも今後の精進しだいと思っています。

  この二人が日本での同好会の設立のはじめとなりますが、ゆっくりと確実に
 修行を積んで行って欲しいと願っています。かつ日本における講習会などの際
 にも協力を依頼すると思いますが、この二人なら大丈夫だと確信しています。
  同好会などの情報は、後ほど最新情報などでお伝えする予定です。

  つぎは11月の当会本部道場での講習会への準備ですが、これもボチボチ
 始めています。少数精鋭で一対一のカタチで進めていく予定ですが、「まあ、
 どうにかなるでしょう・・・」という思いでいます。
 
  突き詰めてしまえば沖縄空手(首里手)とは別に摩訶不思議で奇抜なもの
 では無く、自然な人間の動きを徹底的に相互分解して理解させ、技として相
 互相関させれば良いだけのものなのです。ですから自分が出来る動き、知っ
 ている知識を披露する以外に方法は無いので、腹を括って教える心算になれ
 ば楽ですから、受講者が満足できることだけを考えて行こうと思っています。


 2009年10月3日

 

札幌同好会


  「おかげさまで、札幌同好会が発足しました。」とは言っても、場所もスケジュールも会員もこれからなのです。
  札幌同好会の今後は、役員の小平氏と大山氏がどこまで努力精進していくか、そして本部とわたしが何処までそれをバックアップすることが出来るかにかかっているのでしょう。
  二人の下に始まる札幌同好会に皆様のご支援と、ご鞭撻をいただけましたら幸いです。

  じつは彼ら以前にも日本国内において、無想会の黒帯や茶帯を習得した日本人生徒は数名存在します。
  彼らはこのユタ州で留学生として滞在し、3-5年ほど修行して昇級、昇段しています。
  彼らは現在は日本国内で社会人として立派に活躍しており、わたしと時々連絡を取り合ってはいました。
  彼らの中には同好会、支部を創設したい、という気持ちを持っている人間もいたと思います。

  しかしついしばらくまで、当サイトの「無想会とは」にも記されているように会長である当人のわたくし自身が修行中の身で、ようやくナイファンチの身体思想と操作は理解出来ても、今度はそれを他に(それも多くの人間に同時に)伝える術(スベ)を持っていなかったのです。
  他人事のようで申し訳ないのですが、わたしのような指導者を師に持ってしまった生徒には同情を禁じえません。
  しかしこればかりはわたしの浅才が原因であり、かつ自分で指導体系を確立していく以外に道は無かったのです。

  ただ自分では指導体系の確立を蔑ろにして他人を教えてしまうと、昔にわたしが学んだように生徒に向かって「黙ってわたしの後について、形をやりなさい」と言って、ただただ同じ形を何百、何千と黙々とこなすだけの方法になる。
  あるは、「わたしは、このようにチョッと他人と異なった動き(技?)が出来ます」と生徒を呆気に取らせる。または、摩訶不思議な作用が働いていると信じさせてしまう教授法を取る以外に、方法は無いと思っていました。

  正直に記しますがこれらの方法でも、個々の人間の信念に基づいて指導し、生徒も納得して学ぶならばなんら支障はありません。
  子供ならいざ知らず、武道は最終的にはすべて自己責任なのですから・・・。でもわたしの場合は自らの経験に照らし合わせてみて、それでは自分に付いて来てくれる生徒が可哀想だ。という思いがしていました。

  経済的にも厳しく、忙しい現代の人間には、他を犠牲にして一つのことに集中できる時間は非常に限られています。その限られた時間でわたしから教えを受けることを選んだ人間に対して、もっとも効率の良い指導方法を確立する以外に、生徒に教える資格は自分には無いとも感じていました。

 しかし本部で直接指導する生徒にさえ試行錯誤の指導の連続であり、指導要旨の変更などが相次ぎ、これでは遠く離れた場所で修行を余儀なくされる支部や同好会の設立などは問題外だったのです。

  本部道場で指導要旨が確立され始めたのは一昨年あたりですが、その結果が出るのに少し時間がかかり、ようやく去年あたりから「これで、いける!」という結果がでてきました。

  しかしここで間違えて欲しくないのは、心身思想・操作の習得が明確に体系立っているということは、誰にでも試み理解できるということであって、それで容易く相手を倒すことができるなどということとはまた別な話しなのです。
  闘いの術とは、そんなに生易しいものではありません。
  それらの思想・操作を自分のものにするには地道な数稽古をふくむ練習と、厳しい対人練習がなければ机上の空論と等しくなってしまいます。そこが、武道の武道たる厳しさだと思っています。

  ただ、まだまだ未熟ではありますが忙しい現代人の限られた時間を効率よく使って、古伝の沖縄空手の心身思想・操作を教授する方法が、ある程度は確立できたという思いがあって、今回の札幌同好会認可となりました。

  これを皮切りにユタ州内、アメリカ、日本国内、そして世界各国に同好会、支部を設立していくつもりです。
  ご興味のある方は、本部道場までご一報ください。

  2009年 10月15日


ワークショップ


  お陰さまでワークシュップを、成功のうちに終わらせることができました。
  今回は、このワークショップの反省を記していきたいと思います。

  いままでセミナーで行なっていた過程で気づいたこと、あるいは痛感していたことは、自分の考えや技術をもっと深く、細かく理解していただく方法は無いか? ということです。

  無想会空手では武術としての身体操作や闘い方を理解させ、鍛錬させ得る修行体系を完成させたつもりです。
  不特定多数の人間に限られた時間で教授するためには、科学的なアプローチで無ければ不可能です。武術としての空手の修行方法を科学的に解明し、それを体系立てて教授するという方法が無想会空手における修行過程なのです。そして科学であるからこそ、再現性のある技が生まれてくるのです。

        極論すれば宗教と科学の違いは信じる、あるいは納得することと、理解することの違いだと思っています。そして無想会空手の修行者に必要なのは空手を信じることでは無く、理解することなのです。だからわたしは常々弟子たちに、「納得するな、理解しろ」と言い続けています。

  セミナーにおいては、この武術としての空手の科学的な部分を解明、理解させることを主目的としています。でも科学を極めていき、日常生活をも科学的に観察、理解することができるようになるには、「術」が必要です。

  今回のワークショップでは、その術の部分を主に教授する予定でした。
  ただ、やはり初めてわれわれの技術を目にした受講者にとっては初期の科学の部分を理解させなければ次に進めなくなり、そのために受講者は時間と体力を使い尽くしてしまった部分があります。術の手前で足どまりをしてしまい、受講者は目を見開いて上級者が演じ、指導する武術としての空手のレベルの高さに驚愕するものの、その手ほどきまでも到達することが出来ないというジレンマに陥ったのです。これはいわゆる、「納得はしても、理解できない」レベルです。

  しかし再三に記しますが、武術としての沖縄空手は手品でも摩訶不思議なものでもありません。
  そのようなアプローチで空手を指導し、かつ修行すると、修行者は上達するどころか行き止まりの道に迷い込んだり、組織としても優秀な人間を養成できなくなってしまいます。そのために体系だった指導方法が必要不可欠であり、無想会空手はその指導方法を確立しているとの思いがあり、その試金石としてのワークショップでもありました。すなわち、わたしが直接長期間に渡って指導した無想会空手の上級者たちが、一対一に近い環境で受講者を指導するということで、その指導体系の完成度を確認したかったのです。

  その結果として気づいたことは、身びいきかもしれませんが上級者たちは科学として武術空手を理解し、かつ指導できるだけの段階には一応は達しているという嬉しい誤算(?)でした。なかには術としての空手を身体操作で示し得、かつ相手に対して使える人間も少数ですが出てきています。すなわち、ある程度は形を使える段階まで達したのです。

  しかし、厳しい誤算もありました。それはまだまだ教わる方の理解度を増すには、受講者が受講数をこなさなければ駄目だなという思いです。それは武術への頭における理解力だけでは無く、武術としての身体操作を行なえるだけの(武術的)基礎体力の養成が急務だということです。

  ただカナダから18時間のドライブで駆けつけてきた女性は、カナダでの3回のセミナーを受講し、無想会本部でも以前から直接わたしや、上級者から指導を受けているために術の部分をやや理解して、かつ操作できるまでには上達しています。そして空手本来の動きから観て、どのような動きが正しく、どのような動きが間違いであるのを見極められる目(観の目)が除々に養成されているのが分かりました。

  これは地道に体力をつけ練習を行なってきたであろう本人の精進も勿論のこと、数多くセミナーやワークショップを受講すれば、それなりに理解、操作できることだと心強い思いがあります。

  今後はいかに多くの真摯な空手修行者に、出来るだけ数多くのセミナーやワークショップを受講してもらうかに努力を傾けると同時に、武術の修行であるからこそ心身を極限に使用するために、それなりの基礎体力の養成は不可欠なのでという認識を徹底する必要があると思っています。

  最後になりますが、先日の日本からの二人の修行者やこのカナダの女性空手家などのように、多くの犠牲を払いながらも全身全霊で学ぼうとする姿勢は、自分の生徒たちにも非常に良い影響を与えています。

  それと上級者にとって1日5-6時間も徹底的に限定された人間を指導出来、その上達を自らの眼で確認できたということは、自らの修行の大きな糧になったと思われます。ワークショップ後の彼らの動きと眼の輝きがまるで違っているので、大分自信になったのでしょう。


  2009年11月13日(加筆11月14日)

昇段・昇級試験

  おかげさまで、12月5日の土曜日に行なわれた成人部の昇段・昇級試験が無事終了しました。
  
  このたびは参段を一人、弐段を一人、そして初段を二人の生徒が受験しました。延々と6時間もの試験によく堪えて、三十人、二十人、そして十人組み手も、大きな怪我も無く無事完了して晴れて昇段しました。
  二日前に行なわれた児童部の昇級試験も、無事終了しています。

  特に参段を受けた人物は五十代半ばという年齢にも関わらず、余り休息も入れず三十人組み手を完遂しました。
  この生徒は空手歴の長さも当然ですが、全米各地で行なわれるフル・マラソンに出場し、かつ来年はトライアスロン競技に出場する予定の人間です。ユタ州で発行されている経済誌において、今年のユタ州における最も身体がフィットしている会社経営者(役員)の年代別でトップに立った人間でもあります。
  そのために持久力は若者並みですが、やはり年齢的に無理をすると身体がパンクするのではないか?という、わたしの思いもありました。

  しかし、そのような危惧を吹っ飛ばすほどの身体の状態で、歳の功からくる組手の上手さも相まって、組手の相手をした他の生徒たちに「さすが!」という思いを抱かせるほどの出来でした。しかしやはり最後の二人目からは疲労困憊で、「気合」とも「雄たけび」とも称してもよいほどに大声を出して、自らを叱咤していたのが感動的でした。

  他の三名も、組手の途中に拳が流れ顔面強打で一時中断するなどのアクシデントもありましたが、よく頑張ってくれました。弐段を受けたのは女性空手家ですが、彼女の家族がカルフォルニアからもわざわざ来て激励するなど、生徒一人一人が周りの協力でここまで来たのだということが良く分かりました。

  この日は朝十時から昇段・昇級試験が始まって、終わったのが午後四時。その後に、夕方の六時からのクリスマスパーティ(忘年会)がありました。日中から気温が急激に下がり雪がちらつきはじめ、道路が凍り始めていたので、「集まりが悪いかな?」と心配しましたが、みんなやや遅れて到着してものの、65名ほども集まり盛況でした。

  これで今年の主な行事は全て終了しましたが、わたし個人に関してはまだまだですので、師走までは気が抜けません。ただ、昇段試験を皆様のお陰で無事終えられたことで、肩の荷が降りた気がするのは確かです。

  来年は飛躍の年として、本部道場の一層の充実とセミナー、ワークショップの開催も頻繁に行なっていく心算ですが、まず余すところ四週間弱の2009年を、無事充実したカタチで終わらせていこうと思っています。

  2009年 12月6日
  Okinawa Karate-Do
Muso-Kai
       
沖縄空手道

無 想 会